2017年5月1日月曜日

住環境は人間関係なり

「沖縄逆移住生活」 ・・・ 新天地に住み始めて3週間が経ちました。

わが新居もだいぶ住みやすくなり、近所付き合いもできて来た。

田舎、特に沖縄の田舎では、ご近所、集落(周辺住民)との付き合いは、とてつもなく大事なのであります。

住み始めた初日に、まずは隣接する家庭を訪問してご挨拶に行ったが、2軒はご主人とは面会できず、1軒は留守。


翌日、挨拶に行った燐家から「畑で採れたものです、どうぞ食べてみてください」と、紅芋、豆、玉ねぎ、ハンダマ(葉野菜)をいただいた。

 翌日は、頂いた紅芋で昼食という贅沢!

僕は今後の生活では「芋食」を多くしようと思っているのだ ・・・ 沖縄の戦前の主食であった「サツマイモ」は、「長寿県沖縄」の基礎を作った食物だと思っている。

戦後のアメリカ統治時代から始まった「アメリカ食」 ・・・ 缶詰やハンバーガー、甘いお菓子、甘い飲み物 ・・・

「美味しい」 と、喜んで食べていた沖縄の人々 ・・・

戦後生まれの沖縄県民の中高年に成人病が多発し、「長寿県」が足元から崩壊している。

生活習慣の夜型社会、居酒屋利用率の高さなども原因だと思うが、沖縄県民は「大いに反省している」はずだ。

さて、Katrienは、実家でもらってきたホームベーカリーで、さっそく紅芋粉入り食パンを作って喜んでいる(笑)
ベルギーに居た時から「ホームベーカリーが欲しい」と言いながら、我慢して「手作りパン」を作っていたから、かなり嬉しいらしい。

おっと、話を戻すと、燐家の内の1軒は、その隣の人と(義兄弟でありながら)ウマが合わず、だいぶ悪口を言っていた。
そんな話を聞かされたのだけど「まぁ、嫌な人がいたら無視して、自分の生活で楽しみを見つけた方がいいですよ、考えるだけ損するのは自分ですよ」 と、諭したら 「あなたのような良い人が来て私は嬉しい」 と、喜んでくれた。

そして、その嫌われている方は当日は留守だったのだけど、翌日、娘さんから僕らが訪ねてきていたという事を聞いて、わざわざ我が家まで挨拶に来てくれて ・・・ やはり、「ウチの畑で採れた野菜ですが、どうぞ食べてください」 と、にこやかに挨拶してくれた。

うーん、どちらも悪い人じゃなさそうだけどなぁ ・・・ ま、いろいろな事情があるのでしょうが、こちらとしては深入りせず、両方と仲良くするしかないね。

ご主人が留守だった家では、奥さまとは立ち話で「どうぞよろしくお願いします」と、挨拶をしたあと、ご主人とは1週間くらい会えずにいたが、近くで歩いたりしても、こちらへ近づこうとはしなかったので 「難しい人なのかな?」 と、思っていたが2-3日前にやっと、犬の散歩ついでに僕を見かけて挨拶してくれた。

話してみると案外気さくな人で、僕らが敷地と道路の境界にフェンスを張りたいと言ったら、いろいろアドバイスしてくれた。

うっそうと茂った雑木と、綺麗な竹が混ざった燐家の緑。

そして、最後に残った燐家の人物は「謎の人」だった ・・・ 広い敷地に、庭とも畑ともつかない植物が生えていて、小さな掘っ建て小屋のようなものがあるが、いつもは住人の姿は見えず、挨拶のしようもなかった。

そこで、隣のご主人が 「大城さん、今日は隣の人がいたから私からも事情を説明したから、あとで挨拶に行ったらいいですよ」 と、わざわざ間を取り持ってくれた。

「どんな人なんだろう?」 ちょっと、不安はあったが畑のような敷地に入って行くと、庭仕事をしている男の人がいたので、声かけて挨拶をした。
普通に返答してくれたので、悪い人ではなさそうだ ・・・ 「ところで、Hさん、僕は自分の敷地と道路の間にフェンスを立てようと思っているのですが、お宅とウチの敷地の間に側溝がありますよね、その側溝の上もフェンスで囲いたいのですが、よろしいでしょうか?」 と、聞いてみた。

その人はブロック塀で屋敷囲いをしてあるので、側溝は関係ないと思われるが、昔は両側の屋敷から土地を割いて側溝を作るので、少なからず燐家の許可をもらわないといけないと思ったから聞いてみたのである。

Hさんに、側溝のある現場に立ち会ってもらうと、案の定 「側溝の半分まではウチの土地ですよ」 と、いう答えだった。(以前、この件で論争があったらしいことを聞いていた)

「話はこじれるかな」 と、内心は思いつつ、話の内容は彼の庭に生えている竹の綺麗さを褒めたり、この辺りの環境の良さを僕は気に入っていると話して、この周辺の歴史を彼に語ってもらったりして、「へぇ~」とか「ほぉ~」と熱心に聞き入った。

折に触れ、「みんなが利用している側溝なので、僕はこの側溝を占有するつもりはありません、ただ、せっかくフェンスを作るのだから、防犯上、この側溝の上と、あなたのブロック塀との間にも、いつでも取り外せるような、板を入れたいのです」 と、切り出した。

Hさんは、最初よりだいぶ軟化していた ・・・ 「いいですよ、何ならこのブロック塀にアンカーを打ち込んで取り付けていいですよ」 とまで言ってくれた。

いつの間にか、隣のご主人も出てきて、和やかな雰囲気での井戸端談話となっていた。

そして、その日の午後、隣のHさんは、自分の庭の掃除を始め、僕が褒めた美しい竹を残して、それに覆いかぶさっていた、雑木を伐採し始めたのである。

窓の向こうが明るくなった!

今まで見えなかった電線が見えるようになり、西日が入るようになるので、Katrienが 「ちょっと、切り過ぎじゃないかねぇ・・・」と心配するほどになってしまった(笑)

西側の窓は燐家の緑を借景としている(笑)


最初に自家栽培野菜を届けてくれたオジサンも、僕らが庭掃除するのを見ていたからか、自分の屋敷で、僕らに隣接する道路側の雑草の除去作業に汗を流している姿もあった。

僕がこの地に移り住んでいる事は、徐々に広まっているようで、先日ばったり出会った人にも「あなたがテレビに出ているのを見たよ!」 と、言われた ・・・ BSフジの旅番組で、僕がアントワープを案内したのを見たらしいね(笑)

と、いう事で、沖縄逆移住生活は「良好な人間関係を築く事なり」という事を改めて実感した3週間でありました。

そして、旧友たちにも、いろいろ助けてもらっています。

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